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ホームズの重荷と相棒の資質〜「修道院屋敷」のラストシーンから〜
 先日お伝えしましたとおり、今回はマニアックな企画をお送りいたします(笑)このラストは個人的にお気に入りですし、ホムワトの生きざまを濃縮させた示唆的なシーンだと思うので、じっくり語ってみたいと思います。ちなみに修道院屋敷の感想記事も書いたので、よかったらご覧ください。
 さてさてテーマはタイトルにありますように、「ホームズの重荷と相棒の資質」です。

  まずは「ホームズの重荷」から。
 犯人を見逃す、というのは私立探偵ものではお約束のようですが、ホームズが今作で言っているように「great responsibilities(大きな責任)」を伴う行為です。「見逃す」こと自体への責任はもちろん、「見逃す」ことによって発生するあらゆる結果に対しても責任を負わなければならないのですから、その重さたるや半端なものではありません。特に「見逃す」ことによって発生する結果(たとえば冤罪)というのは未来の出来事ですから現時点では未知数なわけで、ある意味白紙委任状に近い責任を負わされるわけです。クロッカーが「無実の者が捕まったら」と懸念を表した時に、ホームズは自分がなんとかすると太鼓判を押していますが、ホームズなら可能性の一つとして言われずとも考えていたことでしょう。ホームズが背負ったものの重さをしっかり感じさせる「修道院屋敷」は、「ホームズかっこいい!大岡裁き!」とはしゃぐだけでは終わらせない深さがあって、とてもよかったと思います。
 ホームズがこれだけの重荷を背負うは、酌むべき事情やクロッカーの誠実さという外部の条件があってのことですが、本質的にはホームズの気質によるものでしょう。責任を負う以上はクロッカーが信頼に足ること、ひいては「信頼に足る」という自分の感覚が信じられることが必要ですし、また責任を取れるという自信も不可欠です。そしてなにより、自分が責任を負ってでも他人に幸せになってもらおうとする暖かい心があったからこそ、この決断にたどりつけます。この「強さ」と「優しさ」の両立が、ホームズの魅力のひとつなのですね。



 さてさて、今度は「相棒の資格」について考えてみたいと思います。これはワトスン先生の話ですね。まずはクロッカー&メアリ帰宅後のシーンのセリフを少し復習してみましょう。

まずは原語から。
H:It's almost as though you disapproved of the happiness we have fostered this day.
W:Oh no, I approve of that, of course I do.
     But I'm uneasy that you took upon yourself the duties of advocate and judge.
H:You are too bound by forms, Watson.
W:Forms are society, Holmes. Manners make a man,Holmes.
  It's just as well you are unique.

次が日本語吹き替え版。
H:今日の我々の措置に君はあまり賛成できなかったようだね。
W:いやいや、もちろんよかったと思っているよ。
  ただねえ、君が判事と弁護人と二役もの重責を負ったことがね・・・
H:君は形式にとらわれすぎるよ、ワトスン。
W:形式こそ社会なのだよ。作法は紳士を作るという。
    まあ君のやり方も悪くないがね。

個人的に宝島版の訳だとうまくニュアンスが伝わっていないかなーと思ったので、日本語吹き替えも載せてみました。宝島さんを批判するつもりは全然ありません。が、やはり字幕は制約が大きいので、正確さや微妙な感覚を求めようとすると難しいですね。

本題にまいりましょう。以前にもどこかで書きましたが、ワトスン先生が「ホームズのおバカな引き立て役」として演じられてきた長い歴史があったそうです。しかし冷静に考えてみましょう。ホームズがただのお人よしを相棒にするでしょうか?無心の賞賛を浴びせてくれる温和な人なら誰でもよかった?・・・そんなわけはありませんね。ホームズが心を開くのは対等な人間と認め敬意を払える相手だけだと、私は思います。「修道院屋敷」のラストにはそんなワト先生の「名探偵の相棒たりえる資質」のうちのいくつかが示されていると思うので、少し拾ってみたいと思います。

まず第一に、「自分を持っていること」。ボズウェルという言葉がぴったりのワトスンですが、決してホームズのことを盲信しているわけではありません。確かに最終的にはホームズの意見に従うことが圧倒的に多いのですが、異を唱えるシーンも頻繁にありますし、賛成の場合も「ホームズが言っているから」ではなくてきちんと自分なりの観点で考えて自分の判断で賛成します。今回もホームズの決断を支持していますが、自分の懸念も伝えていますね。想像ですがホームズってすごい人だから、自分で思考することを放棄してホームズに委ねてしまう人もいると思うんですよ。だからワトスンの姿勢はホームズにとってうれしいものなんじゃないかな、と。
また自分で判断するというのは、自分で責任を持つことでもあります。「犯人を見逃す」ことの重さをしっかり描かれいていたホームズに比べると、ワトスンはあっさり「無罪」を言い渡したように見えますが、実際のところワトスンもまた彼なりの「覚悟」をきめての行動だったような気がします。その「覚悟」を感じさせないところが、ドクターの非凡なところかなーとワトソニアンとしては思うのです(笑)

二つ目は、「ホームズの心情・苦悩を理解できること」。それがよくわかるのが、字幕じゃなくて吹き替えなんですよ!(笑)ホームズは理解されづらい孤独な人です。たとえば今回の決断を許せない人もいるでしょうし、喝采を送ってもホームズの重荷にまで思いいたらない人もいるでしょう。そんな中で、「二役もの重責を君が担うことがuneasyだ」とさらっと言ってのけちゃうワトスンの存在って貴重ですよ。ここで「二役を担う君」と「それをuneasyに思う私」という構図で話せるのも、ホームズとうまくやっていける秘訣かも。想像というより妄想ですが、ホームズは「重荷を背負っていることには気づいてほしいけれど、重荷を背負っている自分の心境にまでは踏み込まないでほしい」人だと思うんです。基本的にプライドが高い人だから、さらしてもいない弱みを暴きたてられるのは不快だろうな、と。だから「気持ち」の部分は自分が引き受けたワトスン先生の言い回しは、ホームズにとって心地よかったんじゃないかな。
ワトスン先生はもちろん計算づくでこんなことを言ったわけではないでしょう。常日頃から暖かさ・聡明さ・sensitivity(ぴったりくるニュアンスの日本語が見つかりませんでした。すみません汗)を持ってホームズに接している結果が、このせりふに結実しているのではないかと思います。何気ない一言ですけれど、ワトスン先生の人柄やスタンスが如実に出たセリフではないでしょうか。


はい!ここまで読んでくださった方本当にありがとうございました!というよりむしろすみません!薄ーい内容・長ーい文章、最悪(爆)でも改めて語ってみて、たった数分のシーンで二人の人柄・魅力・関係性までをも提示してくれたグラナダさんってすごいと思いました。本当にここまでお疲れ様でした!もう少しわかりやすい文が書けるように精進します(笑)


長くなったついでにテーマからは外れた余談を一つ。この回のラストは主演お二人の「これから」を垣間見せてくれるシーンでもあった気がします。「修道院屋敷」のお二人は、どこか距離感をつかもうとしながら手探りで演じている感がありますが、ラストシーンは10年来の友のように、息が合った笑顔の応酬を見せてくれています。ここからジェレミー&エドワードも始まったんだなー、と思うとなにやら感慨深いです。今度こそ終わりにします(笑)

posted by 葉月 | 01:52 | キャラクター・出演者 | comments(2) | trackbacks(0) |
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コメント
>ちびさん

混沌とした文章に暖かいお言葉(涙)・・・いつものことながらありがとうございます!

バークワトの初回撮影は「自転車乗り」なんですか。やっぱり(笑)「美しき自転車乗り」と「修道院屋敷」ではワトスンの役回りも作品の雰囲気も全然違いますものね。この出だしの差が、前半後半の趣の差を象徴しているのかもしれません。ワトスンの交代劇は、全員が最大限の努力をして、それがうまくいった結果なのでしょうね。グラナダさんたちは、共演期間のなかったバーク&ハードウィックも含めて、全体で「チーム」という感じがします。

手紙シーンは正典のままでしたか。さすがのホームズ先生も気を使うんですね。ドクターが不機嫌だったのかしら(笑)

クロッカー帰宅後のシーンがグラナダさんのオリジナルだなんて!グラナダさん、神ですか・・・。でもよくよく考えてみると、ドクター大好きなグラナダらしいシーンですものね。単語の一語一語を吟味・・・同感です。実はこの記事で、ワト先生の使っている単語の一人検討会もやっていたんですよ。あまりに長く散漫になったので削除しましたが(笑)

ホームズの心境は本当に「妄想」の域でしたが・・・賛成してくださる方がいてびっくりしました。うれしいです。ちょっと自信が持てました(笑)ありがとうございます!
ホームズもワトスンも複雑だし、自分については多弁でないので、解釈の幅が広くて面白いですね。みなさんの「ホームズ像」「ワトスン像」をうかがっていると、一人として同じ人はいなくて、でもみなさんとても深い分析をなさっていて、興味がつきません。この奥行きが二人のリアルさであり、魅力なのでしょうね。
このシーンのホームズ先生は本当に大人ですよね。おこちゃま的なところのあるホームズ先生がここぞという時には誰よりも大人の顔をする・・・これもまた魅力の一端かもしれませんね〜。そんなホームズとの深い友情だからこそ、求められる感受性・・・なるほど、そういうことだったのか!極端な顔を併せ持つ安定の悪い人だからこそ、振れ幅を察知する能力が求められるということですね。なるほど〜。ものすごく腑に落ちました!
「ホームズの気持ちをよくくみ取る、高感度のレシーバー能力・・・なんて言葉ないぞ!?いいや、sensitivityで!」・・・・感受性という言葉がありました(笑)ぴったりの言葉が見つかると理解が進みますね。ありがとうございます!

ちなみに私は法学を専攻しています。あんまり文学とかは得意じゃなくて・・・(汗)でもこのシリーズを見ているうちに、少しずつ読解力がついていくかもしれませんね!今後もこんな語りをすると思うので、よかったらまたお付き合いください。
2009/09/20 17:59 by 葉月
深遠な考察を拝読いたしました。。。何からコメしてよいのやら。。と迷います。ありがとうございました。

エドワトさんとの最初の演技に、こんな深い話を持ってくるとは。最後の判決は非常に重い内容です。グラナダさんも大冒険です^^

デビワトさんとの最初の撮影は「美しい自転車のり」でしたっけ?こちらは、二人とも元気いっぱいの冒険活劇で(ボクシングやケガの治療、馬車を止めたり走らせたり、凶行現場に突入、最後は化学実験のボヤさわぎまで)。改めて比べてみると、二人のワトソンの違いが際立ってます。それにもかかわらず交代を感じさせなかいエドワトさんは凄い。二人のワトソンと全く違和感なくつきあうジェレミーも改めて凄いですね。。。

と、二人のワトソン路線に脱線しそうなので本題に。

ホームズが手紙を読み上げるシーン、原典でもホームズが読んでました。ワトソンを叩き起こしたから、さすがのホームズも気を使ったのでしょうか^^;

最後のシーン。
原典では、ホームズの「・・・一年後に帰ってきて判決の正しかったことを証明してくれたまえ」、で明るく?終わってますよね。後のやりとりは、グラナダの全くの創作です。グラナダは、総プロデューサー氏をはじめ、多数の方が、ワトソンの役割を相当理解して製作されたのですねえ。あのシーンの単語の一語一語に、どれだけ吟味がなされたのかと、改めて恐れいりました。

で、更におどろいたのが、葉月さんのお言葉
ホームズは「重荷を背負っていることには気づいてほしいけれど、重荷を背負っている自分の心境にまでは踏み込まないでほしい」人だと思うんです・・・
う〜〜〜む。深いです。私、今までどこを読んでたんだろう。。。
なんとなくは感じてたけど、言葉にできなかったです。そういうことだったのか@@ 葉月さんは英文学関係を専攻なさってるのですか?
にしても、まだまだお若いのに。凄い深く人間観察。。私の精神年齢って高校生か。。

ホームズはおこちゃま的な面がある、よくいわれてますが、今回の判決シーンは見事に大人ですねえ。(推理仕事をするのだから、当然大人なのですが、子供らしさを多分に残し・・・)
そういう人と深い友情を成立させるには
sensitivity・・・感受性として解釈してよろしいでしょうか?
素晴らしい。。。

またDVDを見たくなりました。夜中なのに^^;


2009/09/20 01:37 by ちび
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